12月の一言

政治の劣化を憂う年が過ぎようとしている

今年一年も終わろうとしている。
一年を振り返って感ずる事は、この国の政治の劣化が大きく進んでいるという事である。元々、政治のスキャンダルと言われた森友・加計問題についても色々と細かい事が議論はされているが、その根本は総理の夫人という私的な存在に対し、誰の考えかは分からぬが、夫人担当の国家公務員をつけて公人に仕立てるという権力の横暴とチェックをしなくなったマスコミの責任である。
まず、この悪習を直ちに止めろという声が国会で起こらないのが不思議である。そしてこの問題を国会で議論しようとするのを隠す為に北朝鮮問題にすり替えて国会の解散を打った総理の責任を野党の政治家は追及しなくてはならない。
そもそも北朝鮮問題は、世界で最も恐ろしい国家ともいえる米国(あのイラクの例を見ても分かる通り)におびえる北朝鮮が自ら核ミサイルを持ってこの米国から殺されないように頑張っているに過ぎない。日本の政治家が考える事は、北朝鮮とアメリカの間に入って米朝戦争を回避するように頑張る事しかない筈である。
冷静に客観的に眺めれば、北朝鮮のおかげでまさにアメリカは日本や韓国に武器を売りまくってアメリカの軍事産業が儲かっているだけに過ぎないのであって、アメリカが屁理屈をつけて北朝鮮を本当に叩いたら難民が極東にあふれて、周辺地域が大変な事になるだけで、遠いアメリカに被害は大して及ばないという事を知るべきである。
そして、アジアはかつての日米中心から完全に米中中心に変わって日本はアメリカにとって単なる武器の買い入れ国であり、現実に戦乱が絶えない中東に軍を送る為にアメリカが日本に置いた基地を好き勝手に使われている。それを日本を守るためだといわれていいなりにされている哀れな国家になり下がっている事を知るべきであろう。
それにしてもアメリカの大統領がまともに大統領専用機で正面玄関から入る事をせず、アメリカのいわば占領地である横田基地に入ってくるという事態になんの反発もない国になっている事をおかしいという政治もテレビ新聞等のマスコミもなく、眠れる島国日本にされてしまった一年であった。
かつて、欧米の植民地主義にアジアが制圧されていた頃、われわれの日本というこの国だけがただ一つ西欧に向けてアジアは欧米の植民地ではないと叫んで立ち上がり、アジアの昇る太陽としてアジア諸国から仰ぎ見られ、西欧諸国から驚異の目で見られた史実をあの司馬遼太郎が描く『坂の上の雲』を読みながら、この日本をさらに素晴らしい国家にしようと誓った青春時代を懐かしむだけで何も出来ない自分自身を恥ずかしいと思う年の瀬である。

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