12月の一言

令和の時代を迎えて

菅新政権が誕生し令和新時代の政治が本格的に動き出したと言えよう。それまでの長く続いた安倍政権、それはまさに平成の時代を象徴するような政権だったと位置づけることが出来る。
平成時代の政治とは、かつての昭和末の経済成長が嘘であったかのように30年もの長きに渡って全く経済が成長せず、国民の所得も増えない低迷した時代であった。
その理由を平成という時代が終わったからこそ総括して示すことが出来る。
まるで昭和末期の日本の経済成長を妬んだ世界から袋叩きにあったかのように、日本は自分自身を成長発展に導いた利点・長所を深く自覚し継承することなく、逆に欧米の政治経済制度を取り入れることに夢中になり、これを改革と称して押し進めることが善であるとの空気が日本中にもたらされた。
しかし、政治改革の象徴と謳われ導入された「小選挙区制」は、膨大な死票を生み得票率と議席占有率が乖離し民意が歪曲されることとなり、また公認権を掌握している政党執行部の権力が肥大化することにより志ある優秀な候補者から健全な競争の機会を奪う結果となり、日本の政治は活力を失い、政治のレベルが低下したといえよう。
また、「経済改革」も言葉だけの改革であり実態は成長する日本経済の足を引っ張り低迷型の日本経済に改悪したに過ぎず、その要因となったのは政治にとって最も大切な税制の改悪であった。
欧米の株主資本主義と新自由主義思想を取り入れ、日本の税の柱であった法人税を大きく下げることによって企業の利益は配当に回る。その配当を受ける大株主がアメリカの金融資本であることを併せ見れば必然的に日本の富がアメリカに流れることが定着したのである。また、法人税減税によって税収減に当然陥ることになる。それを補うために消費税増税を断行したのである。福祉のために金を使うと消費税増税を提唱し国民を騙した結果、消費税を上げるたびに日本経済にダメージが襲い掛かり、世界一勤勉な日本人の優秀な労働力によって支えられてきた日本経済の成長が止まるという悲劇が定着している。
政治改革・経済改革の中身が全て改悪であるにもかかわらず、国民を偽る形で政治が良くなる・経済が良くなるという言葉だけを提唱し、大マスコミがこれを大々的に宣伝するという稚拙な政治家とマスコミの大合唱で国民が騙され続けたのが平成の時代の政治経済であった。
この裏には全てアメリカの思惑がある。戦後、アメリカはソ連という巨大な敵と戦うために日本の自由を許してきたが、米ソ冷戦構造が終わったことによって日本に甘い汁を吸わせる必要もなくなり、また、引き続く各地の戦争によってアメリカ自体の経済も疲弊したこともあり、豊かな日本からしっかりと資金を吸い上げるという大戦略に転じたのである。このことを国民に知らせなかった日本の政権中枢と大マスコミの責任は極めて重い。
中でも日本の経済成長の柱であった国民の郵便貯金から来る郵政マネーを、アメリカが召し上げるために要求してきた郵政民営化だが、国家国民のために国益を考え反対する政治家をことごとく押さえつけ、しかも選挙を利用して自民党からたたき出すという暴挙を行ってまでも成立させた小泉売国政権の罪は誠に重い。
郵政民営化によって日本の財投は大きな打撃を受け、今では国民の郵便貯金が200兆を超えてアメリカの国債を買わされているという馬鹿げた国家にされた経済損失と、またこうしたアメリカの圧政に対し、国家国民のために自分の出世を考えず断固反対を貫いた有能であり愛国的な自民党議員を追放によって失い、日本政界から人材が失われたのが平成の時代であった。
こうした重要な真実を国民に示すことによって、今一度日本の政界に優秀な政治家を選ぶ機運をつくることによって、政治がよくなれば馬鹿げた政権にゴマをする必要もなくなり、官僚のやる気を引き出すことができるのである。政治が良くなれば官僚も良くなり、当然日本の経済も日本国民の能力にあった成長を遂げることが出来るのである。令和の時代、なすべきことは本当の政治改革であり、歴史で習った言葉を使うならば「大化の改新」ならぬ「令和の改新」を行うことであろう。

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