8月の一言

日本の政治が、なぜ、かくも劣化したのか

国会周辺が騒がしい。安保法案に反対する多くの国民が立ち上がり、声を上げている。これについては多くの憲法学者が、そもそも違憲だと主張し、文化人がそれに賛同していることもあり、理論的におかしいという思いが安保反対運動の基盤になっていると思われる。
政治家が己の信念に基づき政策を推し進めていく事は、もちろん許されることであり当然であるが、憲法違反という声が圧倒的に多い中で、この法案を憲法の解釈を内閣で変えて推し通すというようなことがなされるならば、まさに法的安定性も、あるいは憲法の権威も無くなるわけである。こんなことが政策の中身は別として許されるはずがないのは法治国家として当然であろう。憲法を改正するには所定の手続きに沿って国民の賛同を得る必要がある。この法案を通すのであれば、まず、そこに邁進するのが正論である事は言うまでもない。
憲法学者、知識人を始め多くの国民が反対する状況の中で、自民党の中でもおかしいと思う議員が必ずいる筈であるにも関わらず、全く自民党の中でこの議論が起こらないということに誰しも大きな疑問を感じることだろう。それは、かつて郵政民営化が進められた時に、やがて自民党を背負うと言われた亀井氏、平沼氏等のそうそうたる政治家は皆、アメリカからの対日要求である年次改革要望書に則って出された要求であるから国益にそぐわないという事で反対を表明した。しかし、小泉総理はマスコミを官邸の言いなりにさせて偏った報道を流すことにより、国民の感情をあおり、そして、一法案に反対しただけで政党をクビにするという民主国家としてあるまじき暴挙を行ったが、これに対してもマスコミも、またそれに洗脳された国民もおかしいという声を出さなかった。
あれを見るならば、今この法案に反対すれば自民党を追放されるという恐怖が議員の中にあり、立ち上がる者もいないのである。本来国会とは、十分な議論をする場である。多くの国では党議拘束もなく、当然、国会議員の良心に従って自由に発言し決定するというのが慣わしである。今の自民党にはそうした信念に従って議論するという空気がなく、反対する者は出て行けという小泉政権の悪しき名残があることに気が付かなければならない。
世界の先進国で小選挙区制を実行する国は多々あるが、どの国でも議員の自由な議論を封じ込めるような制度にはなっていない。この国の政治は党の指導者一人の意見によって反論なきまま統一されるという偏った政治になっているという事を知らなければならない。
私が起こす国民党はかつての自由民主党のように自由に議論し、反対する者の意見も十分尊重し、合意形成に力点を置く、そうした民主的な政治を目指している。今日の安保法案の大義なき中身のない議論を聞きながら、併せて自民党内の反論もない政治の低迷ぶりを見て、つくづくと感じた事である。

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